2013年7月7日日曜日

走れキャプテン

あれは確か3年前の冬の全国大会だったと思う。
僕がファンのM高校は準決勝まで勝ち進んでいて、
ついに念願の全国制覇を果たせるのではないかと注目が集まっていた。
会場について練習風景を見た時、
最初に目がいったのは長身のキャプテンだった。
線は細く、お世辞にも運動神経が良いようには見えなかった。
大人しい性格なのか、チームを引っ張るような印象もなく、
失礼ながら「彼がキャプテンなのか?」と思ったのを覚えている。
メンバー表には「S監督の下で熱いバスケットがしたかった」と書いてあった。

試合が始まると、ほぼその予感は的中していた。
頑張っているというより「必死」に近い。
とにかく全力でディフェンスし、リバウンドに飛び、
誰よりも早く速攻に走ってはいるものの、ボールはなかなか回ってこない。
見ていてとてももどかしく、気付くと彼から目が離せなくなっていた。

「事件」が起きたのは第3Q。
相手の早いドリブルに並走した彼は、我慢できずについ手を出した。
「バカ!そこ我慢だ!」
僕は思わず声が出てしまった。
並走するオフェンスに対して手を出してボールを取りにいくというのは最悪のディフェンス。
多くのチームでは、並走状態から脚をグンと伸ばして相手と正対し、
オフェンスファールをもらう練習を死ぬほどさせられる。
冗談ではなく、死ぬほど。
だからこれが成功すると選手もベンチもとっても盛り上がる。
少しでも体が斜めだとディフェンスファールになるのだが、
それでも「惜しい」とは言われずに「バカ野郎!」と言われる。
ましてや手を出すなど……。
当然のようにディフェンスファールとなり、S監督は烈火の如く怒っていた。
「だろうな…」とつぶやいた直後、彼はベンチに下げさせられた。
ベンチで彼はタオルを被りうなだれている。
あれだけ練習してきたのに、
最後の大会でもっともやってはいけないことをやってしまった。
バスケの観客席には現役選手か経験者しかいない。
僕の周りの観客も皆、彼の心中が分かって沈黙していた。
勝ちたい気持ちのあまり、つい手が出てしまったことは分かっていたから。

試合は接戦のまま第4Qへ。
そして、2度と出してもらえないだろうと誰もが思っていた彼は出てきた。
数分後、さっきと同じ位置からマークマンの早いドリブル。
並走する。
僕以外の誰かも叫んだ。
「入れ!」
入った。ドリブラーに押し倒される彼。
ファールを告げる甲高いホイッスル。
静まり返る会場。

…………………

「ファール!オフェンス!チャージング!」


もう、会場は大騒ぎ。
起き上がって全力で走り始めた彼は、
S先生の前を通り過ぎた時、チラッと先生を見た。
「これで良いんですよね?」と目が言っていた。
S先生は手を叩いて激励している。
そしてこの年、この大人しくて皆についていくのが必死なキャプテンに導かれて、
M高校は初の全国優勝を果たした。

学生時代にスポーツをしていて、
それも毎日やめたいと思うほどの辛い練習を重ねて、
梅雨時になれば今でも膝が痛むようなことになっても、
今でも僕はやってよかったと思っている。
それは多分、僕にも彼のような(そんなレベルの高い話ではないけど)、
そんな瞬間があったからだと思う。
マジックジョンソンは引退会見で確かこんなことを言っていた。
「自分の人生を振り返った時、
あの時、あの瞬間は最高だったと言える時を持っている人は幸せだ」
スポーツはそのチャンスを僕のような普通の人間にも与えてくれた。
彼、元気かな。
そして、友人の息子が野球を辞めませんように…。

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